儀保空手道場

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 ◎先生紹介                       Teacher introduction  
儀保空手教室
-小林流小林館協会ー

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-館長の空手の系譜-
 
 
 
 
館長の挨拶 経歴 空手との出会い】 【指導者紹介
 
館長
儀保 宜裕先生(範士9段)
Giyu Gibo、9th dan

  沖縄の空手にはかつて琉球王朝時代、武器を使わない手の武術として中国との交易により広まった唐手を元に作られたものと、薩摩からの侵略により奪われた武器に変わる防御策として作られた農耕器具や生活用具を用いた武術の古武道があります。
  現在では沖縄で空手といえば、老若男女問わず一度は学校や近くの道場で習ったことがある程の代表的な伝統文化です。
しかし、幼いころに習ったものを、大人になって尚、続けることができる人が少なくなっているのは誠に残念なことです。
  私が空手に出会ったのは沖縄水産高等学校入学後の部活動がきっかけで、現在に至るまで約50年余り稽古に勤しんでおります。途中、儀保ペイント商会を立ち上げ当初の8年ほどブランクはありますが、今でも日々技を磨く努力はかかしておりません。
空手は精神力、忍耐力の形成だけでなく、自分を無(空)にし、さまざまな煩悩を捨て、心身を鍛えるすばらしい武道です。
ただ単に空手道を学ぶだけでなく、空手を通して多くの人と出会い、目上の人を敬う社会性を身につける鍛錬の場でもあります。
私が世界各国を訪れ、空手を通して感じることは、人種や国、言葉の壁を超え、それぞれが空手という一つの目標によって自分自身に自信を見出し、心を通わすことができるということです。
現代の子供たちは塾通いやテレビ、ゲームの楽しさに負け、入会してもなかなか継続できないのが事実です。
どんなことでも細かく長く続けることが大切で、日々の小さな努力はやがて大きな花を咲かせることを今一度皆さんにお伝えし、たくさんの人と交流を深め、沖縄の伝統文化をこれからも伝えていきたいと思います。
儀保空手道場 範士 九段          
館長  儀保 宜裕          
((株)儀保ペイント商会 代表取締役)


{人生訓}
  「忍耐・努力」何事も忍んで継続すれば、自ずと結果として現れる。
 ソーメンのごとく細く長く 自分の求めるものをひたすら精進すること。


{空手との出会い}
沖縄水産高等学校入学後、友人たちが空手部に入部後 体力・知力とも逞しくなっていくのを見て入部したのがきっかけである。 当時の水産高校は現在の泊港(那覇市)の近くにあり、男子生徒ばかりの血気盛んな学校で、空手部の活動が他校に比べて大変盛んであった。



【儀保館長の経歴】
昭和30年 4月 沖縄水産高等学校入学
昭和32年 4月 沖縄水産高等学校 空手部入部
昭和33年 3月 沖縄水産高等学校卒業
昭和36年 5月 長嶺将真師(松林流空手道)に師事
昭和50年 2月 小林流仲原道場 入門
昭和60年 3月 小林流小林館本部道場 入門 (仲里周五郎師に空手道・古武道 指示)     
       3月 空手道錬士六段・師範 允許
平成元年 3月 沖縄県空手道武芸祭にて演武
平成 2年 8月 世界のウチナンチュー大会にて演武
平成 3年 9月  第2回沖縄県空手道武芸祭にて演武    
      11月  小林流小林館協会 儀保空手道場を開設     
      12月 第14回全沖縄空手道選手権大会にて招待演武
平成 4年 3月 小林館協会創立40周年空手道古武道国際演武大会     
       3月 古武道錬士六段・師範 允許
平成 5年 8月 第4回県空手道武芸祭 演武
平成 6年 9月 空手道教士七段 允許
平成 8年 7月 アトランタオリンピックにて空手演武
平成 9年 5月 オーストラリア国ターリー市長より招待演武 感謝状
平成10年12月 空手道・古武道教士八段 允許
平成16年3月 空手道・古武道 範士九段 允許         
         インドチェンナイにて空手指導・大会
        アメリカインディアナ州にて
        スリランカにて空手指導・大会
        インド マイソールにて空手指導
        ネパールからの留学生を受け入れ(2010年4月〜9月)
平成22年12月 ネパールにて空手指導・大会

沖縄水産高等学校卒業後 琉球海運鰍ノ船員として入社。世界各国を廻る中、アメリカのゴールデンゲートを直接眺め、感動を覚えたことが 現在の葛V保ペイント商会を築く きっかけとなった。(いつ訪れても毎回ブリッジのどこかをペンキで塗りなおしていた) 会社設立後は睡眠3時間ほどの過酷な労働のため、一時期は空手の稽古を中断したものの、昭和36年に松林流 長嶺将真師に出逢い 改めて空手の修業を再開し、昭和60年には その後の恩師となる 小林流小林館協会 本部道場 仲里周五郎師と出逢い現在に至る。





{指導者紹介}
黒帯


教士7段 副館長  屋宜 盛弘
(赤黒帯)

錬士六段  儀保宜彦
(黒帯)

錬士六段  嘉数  勝
(黒帯)

錬士六段  吉平 達子
(黒帯)

三段     儀保 美佐子
(黒帯)

三段  山内 昌市
(黒帯)
     
     
 
 




 

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